バベル
監督:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
脚本:ギジェルモ・アリアガ
出演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、菊地凛子
配給:ギャガ・コミュニケーションズ
かつて人は神の頂を目指してバベルの塔を築き、それに怒った神が天罰として人と言葉をバラバラにした――。何とも壮大なコンセプトだ。こんなご大層な前置きをされるとシンプルな物語も全て意味深に思えてくる。実際、イニャリトゥとアリアガのコンビが紡ぎだす3大陸4都市を股にかけた物語はいろいろと示唆に富んだものになっているが、その示唆が富めば富むほど、映画は作り物の感を強く帯びてくる。
こうしたまずコンセプトありきの作品の例に洩れず、「バベル」に登場するキャラクターもご大層なメッセージを伝えるための駒としての役割を強く感じさせる。作り手が描くアメリカ人観光客狙撃事件の内幕は、悪意のない誤射でしかも犯人は子供。加害者を弱者に仕立て、狙撃事件をテロと断定するアメリカの過剰反応を糾弾する。現在の国際情勢が生み出した誤解が悲劇を生み、世界中に憎しみの連鎖が広がっていく、という筋書きを語るには設定が安直過ぎる印象を否めない。また、狙撃事件に使われたライフルが日本のハンターから贈られたものという設定はかなり説得力に欠ける。銃の保持率が低い国から平和的に贈られたライフルが引き起こす悲劇、という逆説として用いるにしてもこじつけ感は拭えない。日本パートの主人公である菊地凛子扮する聾唖の少女は狙撃事件とは全く関わりなく、恐らくはまずキャラクターの設定があり、その設定を満たす国として日本が選ばれたのではないか。役所扮するヤスジローなる人物が、背負った悲劇の割に全く薄っぺらい描写しかされないだけにその疑いは余計に濃くなる。
作品の構成、テーマともに昨年のアカデミー賞受賞作「クラッシュ」と被ってしまう本作だが、その印象はだいぶ違う。台詞もキャラクター設定も計算され尽した寓話だった「クラッシュ」に比べ、「バベル」は設定こそ示唆的だがそれ以外の部分ではリアルに徹している。極力台詞を排した脚本はシンプルそのもので、作り手のメッセージが台詞で語られることはない(キャラクターが冒頭の台詞でメッセージをまんま語ってしまう「クラッシュ」とは対照的だ)。コンセプトが雄弁な分、この点はバランスよく仕上がった感がある。イニャリトゥのシンプルかつ力強い演出も、下手をすれば鼻白んでしまうようなコンセプトをうまく機能させている。ただし、映画がそのメッセージの全てを効果的に伝えているとは言い難い。作り手と観客の間にもまた壁が横たわり、伝わらない何かにもどかしさを覚えてしまう。