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バランス感覚を無視した行き当たりばったりの力勝負 「復讐者に憐れみを」レビュー

映画レビュー 記事:2005.02.15

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「オールド・ボーイ」に遡る復讐3部作の第1弾と銘打たれたこの作品、本国では人気俳優の主演作にも関わらずわずか2週間で上映が打ち切られたそうだ。で もそれも致し方なし。とにかく凄惨で悪趣味極まりない。監督の狙いはわかるが、それが一般に受け入れられなかった結果がコレだ。

パク・チャヌクが描きたかったのは、暴力が暴力を生む悲しい人間の性と、そこに潜む悪意なき純粋さ。「ミスティック・リバー」でも同じテーマが取り上げられたが、そのアプローチはまるで正反対だ。

イーストウッドがひたすら客観的に人間の行動を捉えていたのに対し、チャヌクはキャラクターに人間性を与えることで観客に感情移入を強要する。
まるで、「彼が殺人を犯す気持ちがわかるだろう?ん?」と同意を求めるかのようだ。人間が人間の本質を描こうとした場合、個々のキャラクターへの感情移入は効果的に用いられることもある。だが残念ながらチャヌクがこの手法の活用に成功しているとは言い難い。

彼が描くキャラクターは、大粒の涙を流して泣き、わめき、無邪気に笑い、しかめっ面で世を憂う。聾唖者の画家崩れや病に伏す女、労働者思いの社長など、デフォルメされた個々の設定からもわかるように、キャラクターは物語を構成していく上で作られた「モノ」に過ぎない。
パクはそれを隠すため、それぞれに無理やり人間的な肉付けを試みるのだが、もはやそこにリアリティはない。話が寓話と化す以上、パクが目指したと思われる リアルな暴力描写や感情表現は意味を失う。2つの異なる要素は相乗効果を生み出すことなく、ちぐはぐな印象を残すことになる。

そもそも、パク・チャヌクという人は映画全体のバランス感覚にあまり秀でた人ではないように思える。作品の持つパワーは認めるが、全体としての構成は雑で行き当たりばったりに見える。
例えば、彼の作品によく挿入されるユーモラス(と思われる)なシーン。正直、パクの意図するユーモアで笑えた記憶はない。全体のトーンを無視して挿入され るそれは、映画のバランスをぶち壊す無用の長物にしか思えない。ポン・ジュノ作品で見られるようなにじみ出るユーモアとは根本的に異なる、思いつきの低レ ベルなそれには作家としての稚拙さすら感じる。
こうしたセンスの欠如はパクの大きな欠点だと思うのだが、もしそれらのカオスを意図的にやっているんだとしたら、これはもう映画の好みが決定的に異なるんだとあきらめるしかない。

「復讐者に憐れみを」が「オールド・ボーイ」のような傑作になりえなかったのは、パクのバランス感覚の欠如が引き起こした結果に他ならない。寓話を撮って いるのに、キャラクターにリアリティを与えようと無駄な肉付けをし、目を背けたくなるような残虐シーンを挿入する。出来ること、やりたいことを盛り込んだ はいいがそれをコントロールできない監督の力量不足が浮き彫りになっている。それどころか本人は寓話を撮っているという自覚もないのではないか。

それに対して「オールド・ボーイ」では、パクは最初から寓話と自覚して映画を撮っている。リアリティは捨て、寓話の中で人間の性を描いてみせた。劇画タッ チのパク演出がピタリとハマり、作品は快哉を叫びたいほどの傑作になった。この路線変更は、1作目の不評を受け、パクなりに考え出した結論だったのではな いか。であれば、3作目となる「親切なグムジャさん」も大層愉快な設定の寓話になることだろう。

良くも悪くも、パクの映画にはハリウッド映画にはマネの出来ないアクの強さがある。本作も映画としては疑問の余地が大いにあるが、そのパワーまで否定するつもりはない。個性を殺すことなく、新作を発表し続けて欲しい。


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