説教臭さない爽やかな人生悲喜劇 ― 「ヴィーナス」
ロジャー・ミッチェルという人は脇を固めるキャラクターを描くのがうまい監督。「ノッティングヒルの恋人」でも「チェンジング・レーン」でも、印象的な脇役が映画を興味深いものにしていた。また、人間に対する視線も温かく、「Zの悲劇」のような陰鬱な物語にも救いがある。今回の「ヴィーナス」は棺おけに片足つっこんだ老人が主人公だが、暗さ・重さは全くない。脇を固める老人たちがいい味を出し、ピーター・オトゥールの如き名優を一素材として遊んでしまう余裕と、人気のシンガー、コリーヌ・ベイリー・レイのヒット曲を劇中に散りばめるなどの柔軟な演出で、後味のよいカラッとしたコメディに仕上がっている。決してハッピーエンドではないのに、この爽快感は何だろう?見終わった後は不思議な感覚に襲われるはずだ。
アカデミー賞にノミネートされたオトゥールの演技はおよそ想像の範囲内。相変わらず大げさな台詞回しを披露しているものの、役柄にミラクルフィットしていて知らず知らずのうちに愛着を覚えてしまう。名演とは言い難いが一見の価値はある。ヴィーナス役を演じるジョディ・ウィテカー蓮っ葉な魅力にも要注目。端正な美人ではないところがミソで、観客は生意気で憎たらしいこの小娘が可愛く見えてくるという仕掛けだ。
老いや死、生(性)への執着、若さ、モラル、愛。映画が描くテーマは広いが、説教臭さを全く感じさせない好感度の高い作品に仕上がっている。過小評価される才人ミッチェルの手腕を堪能できる一本だ。