俯瞰で描く70年代麻薬抗争叙事詩 ― 「アメリカン・ギャングスター」レビュー
麻薬捜査官の腐敗に焦点を当てている点は興味深いが、その分、麻薬密売組織のボス、フランク・ルーカス(ワシントン)VS潔癖な特別捜査官リッチー・ロバーツ(クロウ)の対決の構図がうまく浮かび上がらなかった。ロバーツのややナルシスティックな(自分に都合のいい)正義感をきっちりと描いた上で、その怒りの矛先がルーカスでなく、賄賂を受け取っていた同僚たちに向けられるあたりは説得力がある。ただ一方で、対決の構図が曖昧になり、いよいよ訪れる2人の役者の対峙も大きな盛り上がりを見せずに終わってしまった。
全体の印象としては、主人公2人のキャラクターをきちんと描きつつも、だいぶ客観的な撮り方をしているように感じた。リドリー・スコット映画らしい緊迫感が映画を支配するも、映画は登場人物たちへの感情移入を許さず、遠くで起きている出来事を傍観している気分にさせられる。登場人物たちの人生を切り取ったパーソナルな伝記映画ではなく、歴史の一部を切り取った叙事詩といった趣きだ。2人のスターが対峙する映画だけに、その趣きが正しいとは言い切れない分、評価が難しいところ。
2時間37分の長尺を全く感じさせないあたりは、スティーヴン・ザイリアンの脚本のうまさか。ルーカスとロバーツ、全く違う人生を歩む2人のエピソードが違和感なく交互に語られるあたりはさすがのテクニック。事実に基づきながら、数多の登場人物たちをさりげなく絡ませるあたりもうまい。
ワシントンとクロウの演技対決は、クロウに軍配。単なるマッチョではない人間的な刑事役を絶妙な味わいで演じている。ワシントンはいつも通りスマートで力強い演技。役柄に今ひとつ幅が無かった分、新鮮味に欠けた。サブキャラで光ったのはジョシュ・ブローリン。大物ニッキー・バーンズを演じたキューバ・グッディング・Jrは友情出演程度。ごひいきキウィテル・イジョフォーは、同じくワシントンとの共演作なら「インサイド・マン」のほうがずっといい。