作品賞ノミネート作 管理人レビュー
つぐない
素晴らしいの一言。前作「プライドと偏見」に続き、ジョー・ライト監督が才気を爆発させる。美しい音楽、撮影もさることながら、やはり素晴らしいのはライト監督による完璧に計算された構成。ダリオ・マリアネッリ作曲による美しい音楽が、劇中キャラクターたちが奏でる自然の音と融合するという楽しいパーカッションのアンサンブルや、前作でも見せた得意の長回しショットなど、どのシーンも創意工夫に満ちている。長編原作は未読だが、クリストファー・ハンプトンによる脚色はおそらく原作の魅力を余すことなく伝えている。完璧な出来。
ノーカントリー
原作はコーマック・マッカーシーのクライムノベル。意図的に心理描写が排除され、登場人物の台詞に「」がつかないなど従来のスタイルを打破した変わった体裁の小説だが、コーエン兄弟は原作の持つ異様な空気さえそっくり映像化してしまった。映画の主人公とも言うべき組織の殺し屋アントン・シガーは原作同様、行間が全く描かれず、まるで実体のない悪魔。コーエン兄弟の徹底して客観的で均一のリズムによる演出がそこはかとない恐怖感を生み出している。純粋な悪と善であろうとする人間の対比、そこに介在する暴力、時代を経て変わるモラル。物語はシンプルだが、描くテーマはどこまでも深い。
フィクサー
語り口は軽快だが、登場人物たちの切羽詰った心情が丁寧に描かれるため、観客は何ともいえぬ閉塞感の中で物語を体感することになる。主要人物3人全てに感情移入が許される構成のため、単純な勧善懲悪の枠組みから巧みに逃れ、単なる娯楽作に終わらない質の高いドラマに昇華されている。まず人物があって、その次に物語がある。派手さを意図的に廃したトニー・ギルロイの脚本は細部まで説得力があり、世界的スターすら普遍的な男に見せてしまう。時制をいじった構成も効果的で唸らされる。
JUNO/ジュノ
ジュノの辛辣かつ的を射たユーモアと、ちょっとズレてる妙なキャラクター描写が微妙な空気を生む秀作コメディ。見た目どこにでもいるティーンエイジャーのジュノが、持ち前の度胸とオリジナリティで大人たちをぶった斬っていく様は痛快そのもの。ジュノに斬られる側に感情移入しつつ、彼女に斬られることにも快感を覚えてしまう。この映画の魅力はそんなところにあるのかもしれない。センチメンタルな要素に全く左右されることのないストーリーテリングは、先を読むのが全く不可能なほどオリジナリティに溢れている。
ゼア・ウィル・ビー・ブラッド
これが本当にPTA作品?と眉をひそめる重厚な正統派ドラマだ。彼の個性は今回完全に影を潜め、代わりにダニエル・デイ=ルイスと不気味な音楽が映画全体を支配する。これまでアンサンブル劇で多数の人間に焦点を当ててきた男が、1本の映画の中で1人の人間にこれほど執着するとは。PTAは主人公ダニエル・プレインビューの内面を殊更描こうとはしない。表面的には彼の欲望だけが際立ち、有無を言わさぬ強さで他を圧倒する様が描かれる。だが、不協和音を奏でる音楽が終始劇中を支配し、主人公が抱える心の闇を否応なく突きつける。映画は次第に主人公と宗教家との対立にシフトし、欺瞞と虚飾の渦巻く救いのない世界へと主人公(そして観客)を導く。恐ろしく重く、切ない映画だ。