アンジェリーナ・ジョリーがキャリアベストの名演 ― 「チェンジリング」レビュー
戻ってきた行方不明の息子は別人だった―。イーストウッド御大の新作は、亜流SFすら連想させる端的なプロットからは想像すら出来ない重厚で骨太なドラマだ。
“事実は小説より奇なり”を地でいく物語は、息子を捜し求める母親の悲痛な姿を描きつつ、当時のロサンゼルス市警の無能を痛烈に糾弾する。ジャーナリスト出身という経歴を持つJ・マイケル・ストラジンスキーの脚本は、警察批判が主題とも思えるほどの激しさで、一切の情けを廃した鋭い矛先を突きつける。ともすれば、息子を探す母の悲痛を描くふりをしてジャーナリズムを押し付けた作品ともとられかねないが、そこをバランスよくまとめてしまうのがイーストウッドのすごさ。というより、イーストウッドの視点が介在するという事実が、映画で描かれる問題提起を正当化してしまう。オリバー・ストーンには到底出来ない芸当だ。
ただし、イーストウッドの演出にもわずかにブレが感じられる。冒頭、または時折思い出したように鳴り出す自身作曲のシンプルでメロウな調べは、不必要にシーンをドラマチックに装飾する。美しいメロディには違いないが、曲が流れている間だけ別の映画を見ているような違和感に駆られる。「ミリオンダラー・ベイビー」で完璧に実現していた、ドラマと問題提起の融合に必ずしも成功していない。
とはいえ、この作品はイーストウッドのキャリアの中でもかなり上位にランクされるべき秀作だ。物語は激しく心を揺さぶり、そして何にも増してアンジェリーナ・ジョリーが素晴らしい。抑えた演技の中にほとばしる感情表現の見事さは、彼女が現役最高峰の演技派女優であることを証明している。間違いなくキャリアベストの名演で、オスカー受賞にふさわしい。この熱演をアカデミーが無視できるとは到底思えない。