第81回アカデミー賞ノミネーション所感
アカデミーの特異体質が改めて明らかに
昨年は「ノーカントリー」をはじめ、地味で鬱屈とした作品の多かったアカデミー賞。今年はその反動とばかり、5億ドル超の大ヒット作「ダークナイト」、ブラッド・ピット主演の長編「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」など、ハリウッドらしい大作が多部門ノミネートを期待されていた。しかしふたを開けてみれば、作品賞候補を確実視されていた「ダークナイト」がまさかの落選を喫し、主要部門ではヒース・レジャーの助演男優賞のみの候補に終わるというまさかの事態。アメコミ娯楽作品というラベルが得票の妨げになったのは間違いなく、アカデミーの特異な体質を改めて露呈する形になってしまった。
「ベンジャミン」、予想以上の13部門ノミネート!
一方で、2時間40分を超える長尺「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」は大方の予想通り最多ノミネートを獲得。主要5部門を含む計13部門という大漁だ。こちらは監督が娯楽映画出身のデヴィッド・フィンチャーとはいえ、脚本が「フォレスト・ガンプ 一期一会」や「ミュンヘン」など、アカデミー賞実績も豊富なエリック・ロス。プロダクション当時から”アカデミー賞向き”の作品として期待が高かった。こちらはいかにもアカデミー賞らしい結果と言っていい。
今年一番のサプライズ!「愛を読むひと」大躍進
今回の最大のサプライズは、「愛を読むひと」の大躍進。全米の批評家からは賛否半々で迎えられたこの文芸作品がオスカーレースを乗り切るのは至難の業だろうというのが一般的な見方だったが、何と作品、監督、主演女優賞を含む5部門で候補に挙がった。これは業界の名物、ワインスタイン兄弟による強力プッシュの賜物で、ミラマックス時代から培ったアカデミー賞キャンペーンのノウハウが最大限に発揮された結果と言える。ワインスタイン兄弟は過去にも「サイダーハウス・ルール」や「ギャング・オブ・ニューヨーク」など、出来は今ひとつと評価された作品を、会員への猛烈な売り込みでアカデミー賞候補に押し込んできた実績がある。近年はその強引な手法が敬遠され、ミラマックスから独立後はあまりいい結果が出ていなかったが、久々にワインスタイン・マジック炸裂といったところだ。しかしクリストファー・ノーランを抑えて監督賞候補まで持っていくとは……アカデミー会員はよほどナチス・ドイツものが好きと見える。
イーストウッドは監督、主演どちらも落選
主演男優賞部門では俳優組合賞候補の5人がそのままIN。ナショナル・ボード・オブ・レビューを制したクリント・イーストウッド(グラン・トリノ)の逆転を信じるファンが多かったが、順当な結果に終わった。イーストウッドは今年2本の新作を発表しながら、どちらも主要部門でいい結果を残せなかった。票割れか、あるいは近年のあまりに露骨なイーストウッド崇拝への反動か。
主演女優賞部門ではケイト・ウィンスレットが「愛を読むひと」でノミネートされるという波乱。前哨戦では助演部門で多数の賞を受賞していたにもかかわらず、本線では主演に票が集まったこと自体、ワインスタイン兄弟のキャンペーンが会員の間に浸透していたことの証明か。
助演男優賞部門では、「スラムドッグ$ミリオネア」のデヴ・パテルがまさかの落選。代わりに「レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで」のマイケル・シャノンがサプライズ候補となった。「スラムドッグ~」が計9部門での大量ノミネートを獲得したことを思うと、パテルの落選は不思議。イギリス出身の若手より、キャリア豊富な脇役俳優を評価したというところか。この部門はキャリア豊富な俳優に優しい。
助演女優賞部門は、本命視されるケイト・ウィンスレットが主演に回ったため急転直下の混戦模様?地すべり的にペネロペ・クロス受賞となるのか。
日本作品が2本ノミネート!
他、注目はやはり「おくりびと」の外国語映画賞ノミネート。「たそがれ清兵衛」以来5年ぶりの快挙となる。受賞を争うのはカンヌパルムドールの「The Class」、ヴェネチアで高評価の「戦場でワルツを」、常連ドイツの「The Baader Meinhof Complex」となかなかの強敵揃い。それでも独自の文化を描いたアピールしやすい内容だけに受賞があっておかしくない。
また、短編アニメーション部門では加藤久仁監督の「つみきのいえ」がノミネートされ、日本では「ウォーリー」と併映された「マジシャン・プレスト」らと受賞を争う。
アカデミーはチェンジを拒否!?
近年、アート映画歓迎の傾向を見せていたアカデミー賞だが、今年は「ベンジャミン・バトン」の大量ノミネート、娯楽映画のオミット、ワインスタインの暗躍など、随所に”らしさ”の見える結果となった。変革を見せ始めていたアカデミー賞の急激な先祖がえりだ。新大統領は”チェンジ”を訴えているが、アカデミーはチェンジを拒否した??