現役最高の技巧派ライトの手腕が仇に? ― 「路上のソリスト」レビュー
創意に満ちたテクニカルな映像表現という面ではおそらく現役最高峰と言っていい才能の持ち主ジョー・ライト。「プライドと偏見」「つぐない」の2本でその手腕は証明済みだが、初のコンテンポラリーとなる本作で変わらぬ手腕を発揮できたのか。
答えはYESでもあり、NOでもある。相変わらず見せ方は巧く、並みの映像監督では思い付くことすら不可能な高いレベルで素材を料理する。ただし、この素材が果たして彼の作風に適していたかと問われれば首を傾げざるを得ない。ジュリアード音楽院を中退し、路上生活者となった主人公と、彼を取材する記者の友情物語という、”真実が持つ”感動がこの作品では希薄になってしまっている。早い話が、ライト特有のさりげなく装飾された映像世界がこの物語の説得力を逆に殺いでしまっているのだ。これは「エリン・ブロコビッチ」の脚本家でもあるスザンナ・グラントの脚色にも原因がある。物語をよりドラマチックに見せるために加えられた変更が作り物感を助長している。”巧い”が仇になる素材に、この2人は最初から人選ミスだったと言っていい。
とはいえ、映画のレベルは高く、その技巧には唸らされる。ナサニエルが久しぶりにチェロと再会し、音色を奏でるシーンの見事さといったら。路上の騒音が消え、音色に乗って鳥たちが羽ばたく。聞き手のロペスは鳥たちと空を彷徨い、世界を俯瞰で捉えることで神の境地を見る。ナサニエルの才能に説得力を与えるという難題を技巧でクリアするあたり、ライトの手腕は健在だ。
統合失調症のソリストを演じるジェイミー・フォックスはさすがの安定感。ライトの巧みな演出にも助けられ、幻聴に苦しむ主人公の苦悩を表現している。記者ロペスを演じたダウニー・Jrも軽妙でいて心に傷を持つ人間像を見事に演じた。