第84回アカデミー賞所感
第84回アカデミー賞は、黄金期のハリウッドをオマージュたっぷりに描いた「アーティスト」が作品賞ほか5部門を制し、勝利を収めた。最多11部門でノミネートされた「ヒューゴの不思議な発明」は受賞数こそ5部門で分けたが、撮影賞ほか技術賞のみの受賞にとどまり、ライバルの後塵を拝する結果に終わった。
1920年代のハリウッドを舞台にした「アーティスト」、30年代のパリを舞台に映画創世記を振り返る「ヒューゴの不思議な発明」、そして20年代パリにタイムスリップする男を描く「ミッドナイト・イン・パリ」の3本が作品賞にノミネートされたことで、今年のアカデミー賞は“懐古主義”というキーワードで表現されてきた。昔を懐かしむという文字通りの意味でキーワードを捉えると負の響きが強いが、実際には映画への愛を語るにとどまらず、映画そのものの魅力をもう一度見つめ直してみようというという強い意志が各作品には宿っており、“原点回帰”というテーマで語るのがふさわしい。
ただし、同じ原点回帰でも、「アーティスト」と「ヒューゴ~」ではそのアプローチが180度違う。両者の間に生まれた勝敗は、まさにそのアプローチの相違に起因するのだ。
かつてジョルジュ・メリエスの特撮映画が生み出した映画のマジックを現代の映画ファンに追体験させるには、新技術に活路を見出すのが最善の方法だとスコセッシは結論付け、3Dという選択肢を選んだ。メリエスが映画という媒体の特性を生かして現実では味わえない体験を観客にプレゼントしたように、スコセッシもまた、3Dという映画独自の表現で映画の楽しさの共有を試みたのだ。これ自体は至極まっとうなアプローチであり、スコセッシの意図は映画ファンの心を掴むことに成功した。
一方で「アーティスト」は、表現方法そのものを回帰して、映画の魅力を再探求しようと試みた。新しい技術はたしかにダイナミックな体感効果をもたらすかもしれないが、その先に映画の本当の未来はあるのか。映画という文化の本当の姿を、立ち止まってもう一度再確認してみようという意図がこの映画にはあった。監督のミシェル・アザナヴィシウスは弱冠43歳の若手で、サイレント映画時代を肌で体験しているわけではない。彼にとって「アーティスト」は単なる懐古の産物ではないのだ。
会員の大半が60歳以上の白人男性で構成されるアカデミーにおいて、どちらのアプローチが受け入れられるかは明白だ。どちらの映画のアプローチも映画への愛情が詰まっているが、アカデミーがより好んだのが「アーティスト」のアプローチだったということだ。
ただ、繰り返し強調したいのは、今回の「アーティスト」の勝利がアカデミー会員の単なる懐古趣味に因るものではないということだ。無名のフランス人が”モノクロのサイレント映画”を作るという無謀なチャレンジはそれだけで称賛に値するし、映画自体も現代の映画ファンにとって愛すべき逸品だった。そして映像表現の探求という面においても、限定された表現方法の中で、逆に新しい感動を生み出すことに成功した。
「アーティスト」が、アカデミー賞史上においてもとびきりユニークで、野心的で、愛すべき一本として記憶されることを心から願う。