第86回アカデミー賞授賞式は、ここでしか見られない風景を実現したホームパーティだった
アカデミー協会による今年の司会者の人選は、正直意外なものだった。07年に一度大役を務めたことのある女性司会者エレン・ディジェネレスの再登板。授賞式の視聴率アップを命題とするはずの協会が、視聴率低下スパイラルの真っ只中に起用し、大きな成果を残すにいたらなかった彼女をなぜまた呼び戻すのか。
その答えは今年の授賞式の“アットホーム”というコンセプトにあった。今年の授賞式は徹頭徹尾、家でくつろぐようなな雰囲気をつくるよう設計されている。エレンが幾度となく客席に下りていき、スターたちと談笑。スターたちにピザを配り、自撮りの記念撮影を要求する。堅苦しさを極力排除し、ホームパーティーのような空間を作ろうというのが狙いだった。その狙いは、エレンの人懐こい笑顔と物怖じしない度胸がなくては成立しないものだった。
また、もうひとつの大胆な試みは、受賞スピーチに時間制限を設けなかったことだ。退場を促す音楽が鳴ることは一度もなく、余裕ある尺を与えられた受賞者たちから次々と名スピーチが生まれた。
これは、授賞式の時間短縮というもうひとつの命題を完全に無視するもので、地味だがとんでもない方針転換だ。何しろ、これまで受賞者の壇上への移動時間を短縮するために、候補者を全員あらかじめ壇上に配置したり、客席にいる受賞者にオスカー像をデリバリーしたりというトンデモな措置を試してきたくらい、協会は授賞式を短くしたいのだ。
では、この突然の方向転換はどんな理由があったのか?
これはたぶん、アカデミー賞というものが、映画業界の発展に寄与した功績を称える目的で生まれたその出自を、自ら再確認するためだったのではないか。受賞者に対して最大限の敬意を払い、アットホームな雰囲気の会場からは惜しみない拍手が贈られる。原点回帰した今年の授賞式は、去年のような派手さがなく物足りない印象を残した一方で、ほんのりと多幸感にじみでる忘れがたいショウとなった。
今年の授賞式は過去10年で最高の視聴率を記録したようだ。大ヒット映画「ゼロ・グラビティ」が授賞式全体を引っぱったこともひとつの要因だろうが、視聴者の心を掴んだのは、何より列席するスターたちの例年になく楽しそうな笑顔だったにちがいない。授賞式初参加の新星ルピタ・ニョンゴが誰にも負けない輝きを放ち、ブラッド・ピットやケヴィン・スペイシーら重鎮がお茶目な魅力を振りまく。ここでしか見られない風景。第86回アカデミー賞授賞式では、たしかにそんな風景が描き出されていた。