第91回アカデミー賞ノミネーション所感
「ROMA ローマ」の最多ノミネートは、ここ数年のうちに実は起きていた映画ビジネスの大きな変換を顕在化してしまった
第91回アカデミー賞最多ノミネートの栄誉を勝ち取ったのはアルフォンソ・キュアロン監督「ROMA ローマ」。“キュアロン監督の”という冠で語るより、今回に限っては“Netflix配信の”という冠で語るべきだろう。91回のアカデミー賞の歴史において初めて、ネット配信というビジネスモデルで観客に届けられた作品が最多ノミネートを獲得した。
この快挙が映画業界にもたらすインパクトはとてつもなく大きい。カンヌ国際映画祭ではネット配信作品を選考対象外にするなど、いまだ新たなプラットフォームビジネスに対する偏見は強い。テレビやビデオなど新興の脅威が登場するたびに、映画製作者たちは「映画館でしか観られないクオリティ」を盾にその優位を保とうとしてきた。その曖昧だが確固たる矜持が、今まさに「ROMA ローマ」の登場によって打ち砕かれたといっても過言ではないのだ。いまや劇場用映画として資金調達が困難な企画が、Netflixなら実現するという逆転現象も起きている。資金面でも後れを取り、アルフォンソ・キュアロンやコーエン兄弟(Netflixで製作した「バスターのバラード」が脚色賞と主題歌賞にノミネート)など、多数の一流監督の流出をも許しているこの状況は、優れたコンテンツを製造するための最適な選択肢が移行しつつあることを如実に物語っている。映画館での鑑賞体験を愛する身としては何とも複雑な心境だ。映画ビジネスはこの100年でかつてない変換期に差し掛かっている。
そんな「ROMA ローマ」はもちろん現在もNetflixで絶賛配信中だ。日本公開の予定がない&居ても立ってもいられないので、プロジェクター投影で出来るだけ大きな画面で鑑賞したものの、やはり映画館で観たかったという気持ちは強い。細部まで計算された画面構成による美しいモノクロ映像は、それこそ映画館でないと十分に味わい尽くせないというパラドックス。一方で、いろんなメタファーや示唆に富む内容を確認するのに、何度も繰り返し観られるプラットフォームが大いに役立った。
これから先も「ROMA ローマ」のような傑作が配信サービスから生まれるたびに、そのサービスならではの特権を貪りつつも、満たしきれない欲望へのジレンマに見悶える私のような映画ファンが多数生まれるに違いない。こうした映画ファンの声はやかて大きなうねりとなって、今度は配信サービスのあり方すら変えていく可能性もある。その未来は少し先かもしれないが、ともかく第91回アカデミー賞が何かのはじまりであったことだけは記憶しておきたい。